setsの独り言

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独り言・ささやかな情報発信・考察・メッセージなどを綴って居ります・未熟なクリスチャン

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ブルース・リーになりたかった男

ブルース・リーになりたかった男

  ブルース・リーさん(以下、敬称略させて頂きます)という名をお聴きしたお方様もいらっしゃるのではないでしょうか。わたしが小学校の頃・TVの番組内映画にてブルース・リーを初めて拝見させて頂けました。

 あの「アチョー!」っとう叫び声と共に何とも言えない表情や・・・あの肉体美。TVの吹き替えに気づかず、当時は日本人のお方様だと想っておりました。どこの国のお方様かはどうでもいいのですが、単に「日本人にこうゆう人居たんだ~」っと想ってびっくりしたのでした。
 わたしは以前の記事でも少し綴りましたが事情があり、かなりガリガリでした。それで色々な事を言われた事もあり、ブルース・リーを見て直ぐ想ったのでした。

 ブルース・リーみたいになる!! 小学校の男の子ですと、そう想う事は特段おかしな事では無かったと想います。ですが、わたしの場合・・かなり本気でした。腹筋が1回も出来ませんでしたし腕立ても1回位・・しかも腹筋が弱かったのでお腹が床に垂れて(たれて)しまうのです。そこから毎日毎日腹筋の練習。

 一気に時間を進ませて頂きます。腹筋が1回。かろうじて出来ました。感動は無く、ただブルース・リーの体みたいになる。まだまだだ・・っと。本気でした。ヌンチャクも当時の漫画雑誌を立ち読みして売ってるのです。黄色のヌンチャク。インターネットの無い時代・すべてが本物に見えたのでした。ヌンチャクは木製かと想って居ましたが数十年してあれはスポンジみたいなもので撮影したとか。

 そして同時に想いました。ブルース・リーのあの闘っているのは何て言うのだろう??柔道?空手?違うな・・っと。しかし、それ以上の情報が無く分からなかったのでした。大人になり分かったのはマーシャルアーツと言うブルース・リーが生み出した独特の武術。ではありませんでした。ジーグンドーを創始したマーシャルアーティストでした。訂正しました。今でいう総合格闘技の前身の様なものでしょうか。細かい部分は割愛させて頂きます。

 空手やりたい!っと想ったのですが空手教室が分かりませんでした。そして柔道は市役所かなにかの情報にて「〇〇教室」の様な市が母体となり格安で出来た様で、そこに毎週末通っておりました。強くなりたい・・あの体になりたい・・。その一点だけでした。学校の勉強はほぼ全く出来ませんしやりませんでした。やっても時計も辞書も小学校3年になっても意味不明な状態。もはや、強くなる以外ないと。

 柔道は必至でした。受け身から寝技・立ち技・畳に体がすれて終わると肘(ひじ)などあちこちが血がにじんで居りました。しみる・・痛み。しかし嬉しかったのでした。

 ブルース・リーになりたい・柔道からまずは。っと。白帯(しろおび・一番弱い・一番最初の帯の色で次が黄色・・・最後は有段者の黒色)から早く違う色になりたかったのでした。

 そして大会がありました。勝てると想い臨んだ人生初の格闘技の試合・柔道の試合。今でも覚えているワクワクと勝てるという意味不明な自信。が・・しかし・・やっぱりガリガリだったせいか道着をつかまれた途端・いとも簡単に倒されて寝技(けさがためという寝技)をかけられましたが、寝技から逃げる技のエビで対抗するも・・やはり体力不足とヒョロヒョロの肉体からのエビでは相手は微動だに動かされず)そのまま一本負けでした。

 相手は同じ位の背丈(せたけ)で同じ様な体格に見えました。道着を来ているので本当はどうゆう肉体なのかは分かりません。

 泣くなんて想像もしてなく・・・しかし・・今想いだしても・・あの時は「悔しかった」のでした。

 その後しばらくして、帯の色が変わる発表があり、わたしだけが白色のままでした。他の子は皆黄色になり、次の段階へ進んだのでした。

 わたしは柔道を辞めました。試合で負けて悔しくて泣き、昇級発表で一人だけそのままの白色。技を習得しても、基(もと)になる肉体を何とかしないと勝てないと当時直ぐに悟ってしまったのが辞めた要因でした。もう一つは、市の公民館の様な場所が遠く通うのに親のお世話が必要になっていたのも気になっていたので・・。

 しかし、柔道というのは学校でも教わる教科でした。中学校も高校も大学でもありました。試合では勝てませんでしたが幼年期に体にしみ込んだエビという動き・受け身の技の数々は肉体に記憶されてか、大人になりつつ成長し小学校1年の身長より70㎝伸びたので、それなりに上手く出来たのではないかと・・投げ技は殆ど出来ませんでした。これは小学校位ですと体力が無いので背負い投げ等は出来ない場合が多いでした。わたしの場合。なのでもっぱら守りの技・逃げる為の技ばかり身に付きました。

 同じ小学校の友達が少林寺拳法という武術をしており一瞬で腕を捻じ曲げられて泣きました。

 何だか泣いてばかりでした。笑 いじめではなく技が痛くて泣いただけでした。

 ブルース・リーの肉体には成れなかったのでした。しかし、介護で腰を壊しリハビリ期間1年を様々なトレーニングをした結果・・肉肉しい感じになりました。結果論ですが、時間は経過しましたが・・。

 19歳~21歳の間にバイク事故を4回しました。車と衝突が1回。運転に不慣れな段階での操作ミスによる転倒1回。スピードの出しすぎによりブレーキロックしガードレールに衝突2回。2回はバイクは前側はめちゃくちゃになり体も放り出されましたり、ガソリンタンクに腹部や急所があたり救急車に・・。あまりこうゆう事を綴ると嘘くさいと想われそうですが嘘は綴りません(記憶がはっきりしていない部分はちょっぴり曖昧・あいまいな部分があるかもしれません。そこに付きましてはご了承頂けたらとは想います)。本当かすり傷程度と軽い打撲だけで全てが終わったのは小学校の頃の柔道の受け身が体にしみ込んでいたのかもしれません。柔道で重要なのは投げられた時等に頭を畳に打ち付けない様にするという技術なのです。これをしないと脳にダメージや障害が残ってしまったりします。実際、ニュースでも事故や障害や亡くなられたお方様もいらっしゃります・・。そして、主イエス・キリスト様に守られていたのかもしれません。当時はクリスチャンでは無かったですが、柔道をやった事も受け身専門の様な格闘スタイルもバイクでの事故から守られた要因の一つになりえたのでしょうか。わたしは神の存在を信じます。

 プロの格闘家さんがおっしゃられて居たコメントにこうありました。「わたしもブルース・リーさんに憧れて格闘技してますが、どう頑張ってもあんな体になりません」っと。

 実際そう想ったのでした。わたしの調べではブルース・リーはあの肉体になる為にノートにどの部分にどの筋肉をどれ位つけるのかを書き綴り絵も交え(まじえ)理論的思考で肉体を一個一個作り上げたそうです。彼の生い立ちも複雑だったようですがここでは割愛させて頂きます。

 ブルース・リーは実際強かったのか?これは結構な疑問でありました。皆の。これも、実際も強かったらしいです。らしいですという表現ですが。その中でも一番に言われて居た事が、とにかく早すぎて見えないという事でした。動きやパンチ等がスピードが速すぎて見えないという表現をされてました。相手になる方が。

 そして、闘いに目がいきますが、普段のブルース・リーは勉学もかなり様々されていました。ここでは割愛させて頂きます。そして、プライベートでは笑顔が多い父親であり夫に見えました。これも、わたしが大人になりインターネットによって知れた事でした。わたしの年代というのはTVや映画館に映るもの書籍に書かれている事が全てですので、わたしの場合は特に嘘だとか疑わないので超能力でも何でも信じてました。当時は皆そうだったのでしょうか。

 ブルース・リーになりたかった男でしたが、ブルース・リーは、わたしがTVで初めて見た時には既に亡くなられていたのでした。従いましてというのでしょうか、後にジャッキー・チェンさんが有名になり彼のコミカル・ユーモアな部分も好きになり、今度は彼の様なバク転やバク中などを小学校終わりの空き地で練習してました。人は見た目によらずもので、わたしでも小学校5年でバク転やバク中が出来たのでした。今は出来ませんが。いつの間にかブレイクダンスやパントマイムがTVで賑わい(にぎわい)、それも練習してました。今も簡単なパントマイムやブレイクダンスは出来ます。おっさんですのでやりませんが。

 タイトルからそれましたが、自分綴りでした。全く誰も得をしない綴りで、最近はこうゆう綴りが多くて何だか申し訳御座いません。

 人様のお役に立つような記事をと考えるのですが検索致しますと、わたしが綴るよりプロフェッショナル的な内容や見た目の分かり易さや構成などありましたり関連記事なども豊富なのを見ますと、わたしが綴る必要も無いですし、綴ったところで検索にヒットしないだろうと想い綴らなくなってきています。もっと読まれる為の記事内容ではなく、機械的な事も最低限すれば良いのですが、やっていません。そうゆう事も相まって、わたしが人生で経験してきた事やちょっとマニアックなわたしが調べた・どこかで聴いた事・何かで知った事などを綴った方が「Google様が求める・独自性」に近いのではないかと想い綴っております。

 ただ、わたしはアクセス数を狙っておらず・今は特にどうでもいい状態です・そもそもアメーバオウンド様で綴って居りました時の1日のアクセス数が2名~3名様でしたので。しかし、この2・3名の方のアクセス数が月に2千~3千を超えて居りました。今でもどなたが来られて居たのか知れませんが、数名様の方で数千以上のアクセス数を維持させて頂けた事は今でも感謝しております。今もはてなブログサイトにて来て下さって居るのかは分かりません。コメントを1回も頂いた事が無かったので分かりません。

 わたしはプロのライターさんでは無いので、ただひたすらに綴り続けるだけです。信仰的な事が多いですが信仰的に見えない内容でも、わたしは神様を意識して綴って居ります。この記事でも。

  記事を沢山沢山残していく事。できれば誰か様の何かになれたら、それだけでいいのですし、そんな光栄な事はありません。誰かの記憶に1㎜でも残ってくれていたらアクセス数よりも光栄で嬉しい事なのです。そして、そんな綴りを沢山沢山何年も何年も続けていきたいのです。わたしの人生の苦い想い出や経験は、皆皆様もみんなそうゆう想い出や経験はあるのでは無いでしょうか。わたしはそれを悲劇や悲しい事として終わらせるのでは無く、せっかく大人になりクリスチャンにならせて頂けた事ですので、主イエス・キリスト様の栄光に帰する想いを綴りたく、また、お立ち寄りして頂けたお方様に悲しく辛い想いになって帰って欲しくないので、こうゆう人も居るのだな・・でも、今は元気にやってそうだ・・っと想って頂けたら、今辛い状態のお方様でもきっかけさえあれば生き直せる。不可能なんてない。しかし、自分の悟りに頼らない事。神に拠り(より)頼む。そうゆう謙虚さはあった方が良いと想いました。大人のわたしが偉そうに綴ると聴かないお方様もおりますでしょうが、どんな生き方をされても一生を生きられるかもしれません。ただ、わたしは生きるならば楽しい・嬉しい・平和で平安な・自分だけでなく周りの人に・かかわる人に・関われないインターネットのお方様にも、そうゆう術(すべ)というのでしょうか、そんな事をボヤっとした綴りで、綴っていけたらと想っております。

 とは言え、なかなかそうゆう綴りも難しいものです。結果的にそうゆうものを感じて帰って頂けたならば、わたしは一番光栄なのです。お金の収入はブログでなくて良いのですから。そこは自由。わたしはブログを収入源にしてない・なってない・する努力を全くしてない。そうゆう事です。

 余裕があるのではなく、収入を高めた時に「setsの独り言」というブログは違うものになっていると想像できます。

 わたしは、わたしを残す方を選び選択しました。ただ、それだけです。

 どこにでもある、誰にでも書けそうな文章で、ちょっと読みづらくて何が何だか分けわからない・・まぁ読んでやるか?っと想って頂けたら、更に幸いです。15年目の綴りにして今だ開花せずという感じでしょうか。誰かにとっては開花していたら嬉しいのですが。

 そんな感じでしょうか。

 そんな感じですが、貴重なお時間割いてお立ち寄りして頂き、ここまで読んで下さりありがとうございました。

 感謝致します。

 失礼致します。
 

 by sets

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