setsの独り言

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独り言・ささやかな情報発信・考察・メッセージなどを綴って居ります・クリスチャン

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真似て欲しくない歩み方

 真似て欲しくない歩み方

 4月に成りました。読者登録して頂いた御方様も減りました。読者登録を解除したという事は、ある意味わたしのサイトの記事(独り言)をちょっぴりでも期待されておられた証拠でわないかと想われます。間違っているかもしれません。期待をちょっぴりでもして頂けていましたのならば、いつになっても記事がアップされず、instagramで遊んでいる様に想われたとしましたら、わたしの至らない部分でした。申し訳け御座いません。。

 しかし、一時でも記事を読んで頂けた事を感謝しております。ありがとうござました。いつでも、お待ちしておりますので読者登録して頂かなくても、またふら~っとお立ち寄りしても良いかなぁっと想って頂けたならば、大歓迎ですし光栄ですし嬉しいです。その時まで、またお待ちしております。

 

 4月になりまして、特に何も変化が御座いません。皆様はお元気でしょうか。お体はご無理されて無いでしょうか。年度末から年度始めに移り変わりましたので、学校や会社、またそうゆう組織とは関係のないお方様、わたしの様に一見すると何をしているのか分からない様なお方様も居ります事と想像致します。

 4月は何かと環境が激変されるお方様も居ります事でしょう。想像致しますし、わたしも何度も何度も経験してきました事です。緊張や不安・わくわくや志高く歩まれる時でもあるでしょうし、また、4月は1年でも一番と言って良い程嫌な季節に感じられるお方様も多く居られると言う記事様も知りました。わたしもどちらかと言いますと4月の自然や桜は好きです。しかし、学校や職場の雰囲気は嫌いと言うより緊迫感が続く日々が長いですので心身辛い時も多くありました。

   何を綴りたいのか?っと申しますと、実は特に考えて居りません。何となくなのですが綴りたくなったもので・・・。15年目の綴りではありますが、はてなブログ様の皆様の記事を拝読させて頂いておりまして、正直な感想は「凄い」の一言なのです。わたしは人と比べる事をしたくないのですが、ここで言う「凄い」っといのはブログへ対する熱意というのでしょうか。あくまでも、わたしの15年前に比べてという事なのです。当時、どのサイトで綴って居りましたか、忘れてしまいました。HPが最初でしたが、全く想い出せません。想い出せるサイト様は、アメーバブログ様で長年綴らせてもらいました。その後、アメーバブログ様関係のアメーバオウンド様で綴っておりました。そして、Googleアドセンスの取得を機に、こちらのHatena Blog様にお引越し致しました。こうゆうサイト移行は、ある意味環境の変化に含まれるのかなぁっと想ったり致しました。

 環境が変わる事は皆様同様にわたしも多々ありました。転職もありましたので、わたしの場合は職種も会社様も全く異業種になりましたりした事がありました。銀行員時代のお酒の席での失敗が原因で自主退社したのを機に、幼年期は親の仕事が忙しかったもので祖父母の元で過ごす事が殆どでしたので、迷いなく介護福祉士として10年位は通算で勤めてさせて頂けました。その中でも介護施設を全て経験する事が当時の目標でしたので、特別養護老人ホーム・老人保健施設・デイサービスセンター・グループホーム・在宅介護兼移送サービス業務で勤めて居りました。当時の目標がケアマネージャーという職種か社会福祉士を最終目標にしておりました。その為のステップをしてきました。時代が古かったので男性が現在よりもかなり少ない時期でした。職業安定所へ相談しましても在宅介護系男性は中々募集が無く栃木の小山市まで引っ越しまして、ようやく在宅介護センターのパート採用して頂けました。わたしの場合は正社員で常に居たいと言う拘り(こだわり)が当時は凄く高かったので面接時に正社員登用のある会社様に応募させて頂きまして、数か月アルバイトかパートをさせてもらった後に本部社員様に面接して頂いて正社員にして頂けておりました。全部ではありません。現在は多様な働き方がありますので正社員に拘らなくともという考え方ではあります。寧ろ(むしろ)現在は会社に属して居りませんので、ある種究極的に昔の真逆になっております。

 何を綴りたいのか、わたしのお話をしても・・っという気持ちもありつつ、自分のサイトなのでわたし自身の事を綴っても良いのかなぁっと想ったり致しました。わたしの歩み方が万が一にも誰か様の平安や励みや行動への機会つくりにでもして頂けたらと想いました。例えば「こんな生き方・勤め方をする人もいるのか・・」っという程度にでも成れましたならばと想いました。今、気づきました。

 

 では、何故ケアマネージャーや社会福祉士への道を辞めた(厳密には完全には諦めておりませんが・・)かと申しますと、単純に体を壊した事が原因でした。わたしは10代からある種の病気と共に生きてきました。そして介護職あるあるなのですが腰を壊してしまいました。手術を4回致しましてリハビリを1年程してきました。そして病院へ就職が決まり、さて復帰だ!っと意気揚々と新天地の病院(病院での介護福祉士は当時は少なくヘルパー様や看護助手様が多数でしたので介護福祉士はわたしを含め2名だけでした。また採用先、また病院という性質上介護福祉士はあまり職員様から歓迎されて無いポジションでもありましたが、病院に拘ったのは、先にも綴らせて頂きましたが全ての介護施設を経験する事だったからです。)での初日・・1日目の一瞬で断念致しました。理由は椎間板ヘルニアの末期的状況でしたので手術を4回もした結果(1回は失敗)、痛みは殆ど無くなりましたが物理的に患者様の体をお世話させて頂く事が出来ない状態だと一瞬で感じたのです。重いものを数十分と継続して持っているですとかが出来なくなっておりました。これは盲点でした。腰を鍛える為に1年間腹筋や背筋・腕立て伏せやスクワット・ウォーキングを毎日毎日続けてきましたが、それでも無理でした。改めて手術をして頂いた病院の医師に御相談致しましたが、わたしの事を知らないとおっしゃられまして、また、その様な症状にはならないはずだと断固拒絶されまして電話を切られてしまいました。しかし、採用先病院様での御契約も御座いましたので採用先病院様へは本当に御迷惑をおかけしてしまったのですが初日にして退職をせざる得なくなったのが結果でした。ショック過ぎまして、病院看護師士長様と採用担当者様の目の前でいい年した男のわたしでしたが、初めて泣いてしまいました。事情を察して下さり寛大な御対応して頂けましたが、しばらくは何も考えられませんでした。そして、先程の病院へ電話しましたところ病院に電話が繋がらなくなっておりました。そして、病院をインターネットで検索致しましたら検索自体にヒットしなくなっておりました。しかし、医師名と顔の記憶と専門医療科をもとに病院HPを一から見直し、見つけましてお電話致しましたが、やはり「あなたの事は知りませんし、今は忙しいので失礼致します」っと言う言葉が最後になりました。

 恨みつらみの綴りでは御座いません。そうゆう経緯を経ました結果と、わたしの現場経験で一緒に仕事をさせて頂いておりましたケアマネージャー様や社会福祉士様は事務職ではあるのですが一日机に座って書類を作成しておれば良いものではなく、寧ろ(むしろ)アクティブに患者様や入居者様の心身のチェックや忙しい時は直接介護実技をされる事もありました。また介護実技では無くとも患者様・入居者様宅へお伺いさせて頂き、ケアプラン(介護計画等)を作成する事が多くアクティブに動かれておりましたので、わたしの身体状況では不可能だと悟りました。2日位は出来ましても、いつなんどき現場に呼び出されるケースも多々御座います。男性なので定年を想定致しました時に、「無理」っと言う言葉が瞬間的に脳裏に浮かびました。

 これでわたしの10年弱の介護系の職業と夢は一旦消えました。

 

 しかし、放心状態で居られる時間も余裕もお金も沢山あった訳では無かったので、一生何処でも働けるものは・・っと考えた時に「バス」っと想い付きました。

わたしは車は普通車のマニュアル免許と中型二輪免許だけでした。トラックも運転した経験は1回もありませんでした。とにかくは、大型免許をと想い教習所で取得させて頂き、そこに偶然居られましたタクシー免許取得にこられておりました御方様から「大型免許とるなら大型2種とった方がいいよ」っとアドバイス頂いた事もプラスしまして、大型2種免許に挑戦致しました。大型2種免許というのは、路線バスや観光バス等の運行が出来る免許の事です。当時は免許センターにて学科試験と実技試験を受けまして合格しなくてはいけなかったのでした。現在は教習所でも取得できるようですが講習料が高額です。

www.mylicense.co.jp

 当時は免許センターでの一発試験合格のみが方法でした。わたしの場合は16回目で合格させて頂きました。16回はかなり多めです。平均は当時で7・8回です。多くても11回から12回目でした。大型自動車2種免許の免許センター試験は学科合格と実技合格が必要なのですが、学科は学科なのです。難解ではありましたが慣れかと想われます。しかし、実技はパーフェクト100点でも合格させてもらえないのです。埼玉県の免許センターでの大型自動車二種免許試験は日本でもかなり難しいという噂通りでした。ですので埼玉県在住の受験者は東京都に住居を引っ越し致しまして東京都の免許センターで取得する御方様もおりました。東京都の方がやや難易度が優しいと言う噂でした。あくまでも噂です。

 100点満点の実技だと試験官に告げられて不合格する事15回。受験費用が辛くなっておりまして、直接埼玉県公安委員会の方へ御連絡致しまして、わたしの状況をお伝えいたしました。その後16回目受験に行きました時の想い出は強烈に残って居ります。免許センターに入った瞬間に職員様達がわたしを確認するやいなや目でジーーっと見られておりました。埼玉県公安委員会へ異議申し立てをした様な者(わたし)でしたので、仕方ありませんでした。

 そして、実技試験の試験官なのですが、それまでは30歳~40歳前後の試験官様でしたが、埼玉県公安委員会にたてをつくような事をした後でしたからなのでしょう。推定年齢はかなり高齢の上官の様な御方様でした。胸に勲章バッチを多数付けて居りましたので推測できました。親戚の方に自衛官の方が居りましたので直ぐに分かりました。

 そして、淡々と実技試験が進みましてバスを止めまして実技走行を終えました。

試験官様が開口一番わたしに問いました。「君は何故バスの免許が必要なんだ?」っと。わたしの想いは介護バスを運行する事を狙って居りました。介護職10年以上の実務経験知識はありましたが身体的に断念した結果、経験を何とか紐づけ出来ないかと想い介護バスに辿り着きました。その事をお話させて頂きました。すると「は?そうだったのか・・はぁ~介護バスか・・」っとおっしゃられました。そのお言葉の真意は今でも分かりません。更に付け加えさせて頂いたのは、「わたしは路線バスみたいな大きなものではなく、マイクロバスが運転したかったのです」っと付け加えさせて頂きました。試験官様は「はぁ~・・分かった!合格!!」っと大きな声で御返事して下さりました。そして、続けておっしゃれました。「大型自動車二種免許というのは免許の中の最上位にあるものだ。君は一般自動車運転者の見本となる様な運転をしなさい。出来るか?」っと。わたしは「はい」っと御返事だけ致しました。試験は終了致しました。

 免許センターを出るまで多くの職員様に奇異な目で見られ続けて居りましたが、免許証に「大二」と記載されて居りますのを見まして心で喜んでおりました。

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   当時、バスの練習場所が民間に数か所ありまして一回数千円の特訓を十数回受けさせて頂きまして、そこでもトラック経験が無いわたしは色々奇異な扱われ方はされましたが、時に大きなハンドルを回すだけの特訓を45分間させられた事もありました。怖がるな!!っと特訓施設は毎回怒鳴り声でした。恐怖より悔しかったのでした。しかし、全ての事を無駄にだけは出来ませんでした。わたしには後が無かったからです。

   また、身体障害者認定の後相談をした時に病院医師様に「君はそんなに身体障害者になりたいのか?・・・」っと変な顔をされました。わたしは医師に問いました。「では、わたしの腰は何と言う病名なのでしょうか?」っと。医師は困惑されておりましたが「しぃて言うなら・・・悪化した椎間板症かなぁ・・」っと。身体障害者認定の申請は取りやめまして、「この体でも何かが出来るはず・・というより、何かしなくては収入が無い」っと言う危機感しありませんでした。

 全ての事が報われました瞬間でした。そして、わたしは介護バスの求人数の低さというより、そうゆう形態の専門職種が当時はごく稀(まれ)でしたので、進路変更し東京都と埼玉県の路線バス会社様の採用試験を受けさせて頂き、二社様から採用通知頂けましたが、収入面と正社員という事で東京都の路線バス会社様で勤めさせて頂いておりました。

 しかし、登用先営業所の立地条件の事で、わたしは埼玉県在住で東京都まで通勤しておりましたが始発運行が物理的に間に合わないという事態になりました。引っ越すにしても引っ越し資金確保が免許取得費用で大幅に削られましてどうしようも出来なくなりました。また、わたしの自己都合で他の社員様の路線バス運行先営業所を変更して頂く事は困難であり退職致しました。

 そして、長年続けて居りましたブログの綴りが残って居りました事と偶然お見かけ致しましたGoogleアドセンス様に申し込みさせて頂きまして2か月程の長期審査の後、1回目で合格させて頂けました。また、Hatena Blog様の他社様投稿記事にてクラウドワークス様を知り登録させて頂き、Googleアドセンス様とクラウドワークス様の御仕事で生きる様になりました。

 

crowdworks.jp

 体を壊した事やもともとの病気もありましたり、入院等もしておりました時にキリスト教牧師さんや信徒さんに助けて頂けまして、クリスチャンにさせて頂き、現在、主イエスを信仰する単なる一人のオジサンになっておりました。

 自慢すべき人生は全くありませんし、真似て欲しく無い人生ですが、何かに挑戦したい・されている・または、何か何だかなぁ・・っという人生のお方様など、また御暇潰しで読んで頂けたならば、わたしの人生そのものが何かの励みにして頂けたならば、とても嬉しいですし、主イエスも御喜びになるのでは無いかと想わせて頂きました。

  この綴りは、わたしの不幸自慢では無く、また、わたしは頑張ったんだっと言うあかしでは全く御座いません。

  わたしの様々な体験が今の状況、状態になりました。それは、一年前に気づかせて頂きましたが、主イエスの愛だと言う事なのでした。

  わたしが何も人生に置いても障壁がない人生でしたならば、主イエスには気づく事が難しかったと想えるからでした。主イエスは義人を招く為にこの世にこられたでは無く病人を救う為に来られたのですから。

  もし、地球上で辛い生き方をされております方やそうせざる得ない生き方をされて居ります御方様が主イエスにあって救いと喜び、愛、平安、正義、慈悲、慈しみ等の御心がなされます様にお祈りさせて頂きました。

 誰か様の、何かしらになったのならば嬉しいです。

 

 長文、お時間さいて読んで頂きまして、ありがとうございました。

 失礼致します。

 by sets

  アモス書 5:24

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